「ああ、やっぱり親父は本当に死んだんだ。」と思った日の話。

「ああ、やっぱり親父は本当に死んだんだ。」と思った日の話。

数年前に母から、「父が亡くなった」と聞いた。

当時の心境、「マジ?ほーんマジなのか。」と。そんな軽いものだった。

聞いたときには全く動じなかったが、その日の夜にはわんわん泣いた。

次の日にはただの日常に戻った。俺は親父の葬式にも行っていない。いつしたのかも知らない。

14歳の時に両親が離婚している。以降、親父から離れて暮らしていたからか、親父の死に対してそういう受け止め方になっていた。

 

母に親父はどうして死んだのか聞いたが、答えたくはなさそうだった。

俺はこちらからは二度と聞かず、永遠に知らないでいることにした。

まあマトモな最期ではないのだろう。意外とも思わなかった。マトモではない最期を。

別に親父を恨んでいて、せいせいしたからそう思うわけではない。

なんだか妙に似合っていた。マトモではないであろう最期が。

 

思い出

親父は今の俺より背が低い。母よりちょっとだけ背が低かった。当時の俺よりは大きかった。

親父は車が好きだった。ずっとホンダの車に乗っていた。アコード・アコード・ステップワゴンみたいな感じだったかな。

親父は車の運転が荒かった。あれは土曜日だったか、学校の帰りに親父が迎えに来た。ついでだから友達も車に乗せて帰ることになった。だというのに前の車へ怒鳴り散らしたりしていて、子供ながらに恥ずかしい思いをした。

 

親父はゲームが好きだった。家にはファミコンがあった。スーファミもあった。俺が頼まなくてもプレステを買ってきた。

親父はドラクエが好きだった。俺は親父のトルネコの大冒険を何度も繰り返しプレイした。

親父はB2Fにいる「まどうし」を無視するタイプの人間だった。俺はまどうしがいたら絶対に殴るのに。

 

親父は三国志も好きだった。家には横浜光輝の三国志の漫画がたくさんあった。全巻あったのかは、覚えていない。親父は趙雲が好きだと言っていた。俺は趙雲がそんなに好きではない。

 

親父は釣りも好きだった。俺は全く興味がなかったので、一緒に行ったりはしなかった。

 

親父は毎日酒を飲んだ。酔っぱらって酒臭い親父の機嫌が良いか悪いか。日々そんな夜だった。

親父はタバコも吸った。セブンスターをずっとずっと何本も吸った。白黒パッケージの不健康そうなやつだ。ソフトボックスのやつだ。本数が少なくなると何故だかパッケージを握りつぶしてコンパクトにしていた。

 

親父は羽柴秀吉は好きだが、豊臣秀吉は嫌いだと言っていた。俺も羽柴秀吉は好きだが、豊臣秀吉は嫌いだ。

 

両親が離婚するときに、俺と妹たちはどっちについて行くか決める権利を得た。どっちが親権を取るとかそういうシステムじゃなく、我々に裁量権があった。

4人兄妹、4人全員が母を選んだ。親父は泣いていた。そりゃそうだろ。

親父は今の家に住み続ける、俺たちは引っ越す、そういうことになった。

 

再会

両親が離婚してから、親父が月1で面会に来るとか、そういうことはなかった。

会わぬままの日が続き、高校3年の時、俺はショッピングセンターで親父を見た。

親父は雑誌を立ち読みしていた。

俺は学校帰りに友達と遊びに来ていた。友達に「親父がいたから話してくる」と伝え、親父に話しかけた。

 

親父は笑っていた。ポケットに入っていた小銭をすべて俺に渡してきた。

あれはいくらあったか、600円くらいか。小銭がまとまってないので金属の物量が多かった。俺は小銭の枚数が最小になるように会計をするというのに。

親父は笑っていた。元気かと聞いてきたので、元気だと、面白くもなんともない返答をした。だというのに、頬が眉毛につきそうなくらい笑っていた。

俺が「友達が待ってるから、じゃあね」と言うと、親父は今度家に遊びに来いと言った。

当時、親父はもう元の家から引っ越していて、俺は親父が今どこに住んでいるのか知らなかった。

だから本当なら「じゃ、今どこに住んでるか教えてくれ」と聞かなきゃ遊びには行けないのだが、俺は聞かなかった。

「わかった」とだけ返事をして、親父と別れた。

それが親父との最期の思い出になった。

 

別れ

そうして数年前、母から連絡があった。親父が死んだとの連絡だ。

葬式に行くか、行かないか、どこでやるか、そういう情報は伝えられなかった。こちらから聞くこともなかった。行かなかった。それでよかったのだろうか。とにかく行かなかった。

 

俺は、あの日親父と別れてから親父を見ていない。親父の死に目にも会っていなければ、亡骸も見ていない。

だからだろうか、俺は、親父は実際には死んでおらず、今もどこかで生きているのではないかと、心のどこかでずっと思っていた。

 

そんなある日、俺は昔を懐かしみ、「住所でポン」とかいう地域の個人情報がわんさか出てくるサイトで親父の名前を検索した。

検索結果、同姓同名別地域の別人のみ。

 

続いて気まぐれで親父の弟の名前で検索した。

検索結果、叔父は親父の実家の世帯主になっていた。

 

俺はこの時「ああ、やっぱり親父は本当に死んだんだ。」と、認めさせられた思いだった。

 

ショックだった。親父は死んだのかと。もう会うこともないのかと。当たり前の事実に直面して狼狽した。

もう時間も経っているので、打ちのめされるような感情はないが、ただ悲しい。

 

 

俺は親父のことを親父なんて呼んだことはなかった。ただの一度も。

俺は親父のことは、お父さんとしか呼んだことはない。

だというのにこの記事では親父だなんて呼んでいる。親父が今の俺を見たら笑うだろうか。

いや、”笑っていてくれ”と思ったのは、俺の願望か。

 

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